日本全国に散らばる、甘美な言葉「限定品」を求めて

日本の国土面積はおよそ38万㎢。 高速交通網が発達して、まして狭くなったといわれるけれど、細長い、そして地形に阻まれて交流が盛んでなかった経緯ゆえか、これだけ画一化した中でも、時々地域にしかない限定アイテムが沸いて出たりします。 そんな限定アイテムを追い求める記録。 今時なので、通販したら早いです。でも、あえて現地に行くんです。それが楽しいのです。 2016年はまず、キリンビールの一番搾り「47都道府県づくり」からスタートします。 ときどき、交通手段の乗り物についても。

カテゴリ: 林道

現行の軽自動車規格スタートしたのは、1998年、か。登録車はバブル崩壊後のコストダウンで一気に安っぽくなったとか言われるけれど。軽自動車に関しては、むしろ景気が悪くなる流れも手伝って拡大市場にあり、それまで安っぽかったのが一気に資本が集中、クォリティが上がった、その頂点に達したのが1998年だったのかなぁって気がする。メーカーによって若干の時差はあるけど、とにかく新規格移行時あたりから、軽自動車はぐっとクルマになった。

そしてまた、面白いクルマがたくさんあったよね。スポーツ系こそ、コペンまで一瞬途絶えるけれど、クロカン/SUV系は伝統のジムニー、規格拡大前から気を吐いていたパジェロミニに加え、ダイハツはテリオスキッド、そして、ホンダもZと、4種が一堂に揃う、豪華な時期だった。

特筆すべきは、これらすべてが、乗用車系のFFプラットフォームではなく、独自のレイアウトを持っていたこと。
この先も、FF乗用車ベースのクロスオーバーが出そろうことはあるかもしれぬが、四駆のためだけに起こしたプラットフォームの四駆が4種もそろうなんて、未来永劫ないんだろう。

独自とはいえ、各社味付けはそれぞれ異なっており、一番オフ向けなのは今も昔もジムニー、間違いない。ベッコベコに言わしても生還できよう独立したラダーフレーム、副変速機を備えたパートタイム4WD、前後リジッドサスと、まぁよくもここまで。タイヤも唯一16インチである。

パジェロミニは、スペックだけ見ると確かにオフ性能は劣る。フロントはストラットだしタイヤは15インチだし。ボディもフレーム構造はビルトインではあるが一応モノコック。四駆はパートタイムだし、んま、ガチでクロカンでもしない限りは十分な性能なんだけれどね。
テリオスキッドも、フロントストラットで、15インチ、ビルトインフレームのモノコックと、パジェミと似たり寄ったり。決定的な違いは、世間様は4ドアってハナシになるが、それよりセンターデフ組んだフルタイム4WDってこと。オンロード主体の昨今、ガチのパートタイムははっきり言って使い道がない。それこそ買って一度も4WDになど入れぬかもしれぬ。そこは、少々荒れたロードを走るのに常に4WDのテリキは、むしろいいと思うんだよね。しかも、副変速機こそないが、デフロックはできる。よくジムニーvsパジェミが取り上げられるけれど、テリキは一戦交えていい。残念なのは、エアロダウンなる、最低地上高を下げる(エアロパーツ分だけじゃね?と思うんだが)仕様が前面に出たせいで、クロカンイメージが崩れ去っているところだね。

そして、Z。
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こいつぁ、モノコックまんまだし、リアはド・ディオンだっけか、何より4WDはオンデマンドで固定できないと、4台の中では、まぁ一番今はやりのSUV寄りなのは間違いない。たまたまアクティがミッドシップで、そのプラットフォームを起こしたから、なぁんとなく軽トラック譲りな印象があるけれど、実はたまたま乗用車ベースで作っちゃいました、とあまり変わらんのかもしれぬ。
ホンダってまた、今に至るまでまともなオフロードマシンを作ったことなくって、ノウハウの点でも、ジムニーはもちろん、ジープ~パジェロと来た三菱、地味だがタフトに始まりロッキーやラガーなど作ってきたダイハツとは格が違う。だからか、たとえばZは、クロカン走行すると、インタークーラーをしばくとか、よからぬうわさがあって、とにかく4台の中ではべろべろに乗用車だ。
でも、それでも、軽トラ由来なんだし、最低地上高はがんばってるし、15インチ履いてるし、ホンダの歴代の作品の中でいうなら最もオフロード志向…とも言えなくもない。

また、他3車は(経済状況の悪化というネガティブな要因はあれど)10年以上作られたのに対し、Zだけは4年満たず生産を終えている。圧倒的なマイナー車である。せめて、廉価版という位置付けでいいから5MT+ふつうのパートタイム4WDグレードがあったら、なぁと思うのだが。

とまぁ、一般的には中途半端極まりないZだが、ふとしたことで、職場の相棒が手に入れたのち、小生も乗ることになって、ですな。
1日走っても、ジャガーのモンデオは4台もみかけたのにZは自分たち以外にたった2台しか見かけないレアなクルマが2台並ぶってのは、なかなかおもしろい話。
んで、一度林道突っ込んでみたかったんだよね。

近所のダートでちょろっと試走はしているけれど、見晴らしのいい山岳ダートに突っ込んでみようってことで、兵庫県某所にあるK川S田林道へ。K町側からアプローチ、べったべたのフラットダートで、舗装も進んでいる。グングン標高を上げてピーク。
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ここまでは、むしろワゴンRでも行けるわくらいの勢いだ。ピークには開削中の林道もあって、工事車両も入っている模様。
行政区分が変わってA市に入ると、途端に荒れだす。
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落石はほったらかしだし、路盤もところどころ削れている。まぁでも、これくらいならムーブでも神経使えば行けるか。ハスラーなら余裕だろう。一気に下って、沢伝いまで標高を落とすと、北側ゆえの一部湿ったところはあるが、路盤も安定してきた…ところが。
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道路を横切る水路が、溢れたんでしょうな、路盤を削って深いギャップになっている。さぁ、きた。これはタントじゃ無理やで。キャストアクティバも無理やろ。…いや、Zも大丈夫か?
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なんとかなりました。ギリギリ。ほんと、腹当てる、バンパーこする直前だったわ。むしろテリキのエアロダウン系だったら、エアロパーツバッキバキだったかもね。

というわけで、ちょっとだけドキドキでしたが、Z、Zならではのダート、ギリギリのラインを楽しめましたとさ。ベッタベタフラットダートは、それこそワゴンRムーブでも行けちゃうしね。かといって、もう3cmでもギャップ深ければ引っかかっていたろう。


脱出して、丹波市柏原で第一旭。
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11/23。

普段、お世話になっているバイクショップ=二輪館は水曜が定休日。
11/23勤労感謝の日は、今年は水曜だから、店長と1日、遠征しようか、というハナシに。

候補地はいろいろあったんだが、和歌山県の山奥にある小匠ダムと、その先のダートに行くこととした。

2300ごろ、仕事を終え、その足で店長と合流。CRM80を店長のスズキ・キャリーに積み込み、出発。
ツイッターでつぶやいたところ、同行者が現れたので、奈良県吉野町のローソン大淀新野店にて合流、以後、R169を延々南下する。
バイクを2台積んでいることもあるのか、キャリーはトルクの細さが際立って、登りは3速に落とさないとつらい。ミゼット2の方が、楽だなぁ(バイクもヒトも1しかのらないけど)。
三重県に入ったあたりで、R309にシフトし、R42へ。和歌山県新宮市に入ったのが、0400過ぎ。給油して、スーパー・コンビニで食材買って、新宮勝浦道路を抜け、ダムサイト到着は0500ごろ。

なぜ小匠ダムなのか。小匠ダムとは、何ものか。

ダムマニアにはちょっと知られた小匠ダム。
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おわかりいただけるだろうか。
堤体下部に、穴が開いているのだ。そして、基本常時放水しているのだ。穴あきダム、と呼ばれるタイプのダムである。平常時は湛水しておらず、大雨増水時に蓋をして下流域の浸水を防ぐのだ。

紀伊半島の南端に近いところ、雨の多いエリアで、深い山中にひっそりたたずむ故老。
ダムの手前はちょっとした広場になっていて、桜の木が植えてあり、シーズンは大変美しいのだが、さすがに地理的に、人影はまばら。
その、神秘的な感じがまた、いいのだ。

まだ暗いうちに到着、ちょっとしたキャンプメシ。コンビニで手に入った和歌山づくりをいただく。ジャガイモと鶏肉を塩味だけで、鉄フライパンで焼いた店長の料理は、シンプルだがいい出汁が出て、うま~。
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グダグダしているうちに、やうやう白く成りゆくやまぎは。明るくなってきた。
実は、小匠ダム、単なる穴あきダムに終わらない。
穴あきダムだけなら、島根県の益田川ダムなど、ほかにもいくつかある。メジャーではないとはいえ、特別珍しくはない。しかし、小匠ダムが一目置かれる理由はほかにある。それは、
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なんと、堤体にトンネルがあるのだ。そして、
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トンネルを抜けると、時としてダム湖に沈むであろう領域に踏み込めるのである。
ダムからして、集落から離れた山奥にポツンとたたずむのに、道は一続きとはいえ、ダムに隔てられたその先は、心理的にも下界と隔絶されている。広がる光景は、(コミック版)風の谷のナウシカで、腐海が尽きたところ、をも感じさせるのだ。
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ダム底に続く細い径は、しかも行き止まっていない。

最初に小匠ダムを認識したのは、ツーリングマップルの「ダム堤体を抜ける珍しいトンネル」という表記。遠いんだけど、見たくて見たくて。CRM250ARで、当時津市からだったかなぁ、桜の時期に訪れたんだ。旧版マップルでは、その先もダートの赤線が続いていたんだ。T字に分岐し、左支川側の一方は舗装のふるさと林道小匠小森川線につながっていた。
初訪問の際は、通り抜けられたのだが、多くの方が亡くなった平成23年台風12号の災害時ではなかろうか、もう小匠小森川線が見えるってあたり、最後の橋が落橋してしまって、ピストンとなってしまっている。今のマップルでは、点線扱いだから、知らずは絶対踏み込まなかったろう。
T字のもう一方は、旧版マップルでも点線扱いで、最初っから眼中になかったのだが、どうも調べると、抜けられる可能性が高そう。しかも、いろいろと歴史があるようで。

小匠ダムがあるのは、那智勝浦町。ダムは二級河川太田川水系小匠川を堰き止める。現在は、ダム下流の小匠が最後の集落となっているのだが、実はクルマが日常の足となるはるか昔は、ダムより上流部にもいくつも集落があったようだ。
小匠小森川線に抜ける筋も、今は無人だが、高野という集落があったらしい。そして、踏み入れたことのない右支川側も、さらに支川山手川沿いなどにいくつも集落があったという。
特に、最果ての樫山という集落は、行政区分としては古座川町になるのだが、古座川町側からのアプローチ路は地道しかなく、クルマが通れるのは小匠ダムのトンネルを抜けるしかなかった。樫山は、比較的遅くまで人が住んでいたようだが、今では舗装林道が古座川よりつながっているのに結局廃村化してしまった。

今回は、その樫山まで通り抜けが可能かどうか、状況によっては山手川沿いを辿ってみたかったのだ。

最初に訪れた時は、フラット林道しか走れなかった小生でも、何の下調べもなく一人でも、躊躇なく走れたはずのダム底だが、やはり台風12号にやられたのであろうか、ご覧の通り、
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道は水没。船の浸水式かいっつてね。しかし、ここは通れるらしい。実際、この日の水深はせいぜい15㎝くらいか。水流を抵抗に感じる程度ではあったが、路盤は見えるし、人数もあって、さほど不安はない。
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そして、高野方面と樫山方面の分岐。間違いない。通行止だよ。信じたほうがいい。オフ車乗りはよく、「通行不能」や「通行止」を、勝手に「通行困難」って翻訳するらしいが、ここは無理だよ。
分岐を左に曲がって、樫山方面へ。
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素掘りのトンネルもいくつか存在する。路面は大きめの落石が散らかるが、割としっかりしている。
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ザ・清流。美しい。きれいだ。 
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 そして、この立派な橋の手前が、山手川を遡る分岐点。なお、実はケータイを水没させてしまって、この先画像が曇ってしまってダメ。見せるのもみっともないが、どうしても草ヒロだけ。
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一応、ちゃんとクルマは走っていたのだね。
山手川沿い、モウベ山東麓は、次第に高度を上げていき、谷が深くなる。「火の用心」の横断幕は、「王子製紙社有林」とある。王子製紙が、近くの鵜殿村に工場を構える北越紀州製紙の経営統合に失敗した件は、関係あるのだろうか。石垣などはしっかり残っているが、しかし廃村らしい構造物は確認できない。
次第に道は荒れ方を強める。雨の多いエリアである。紀伊半島の林道によくある、へばりつくように深い谷を這う路盤が、ドヴァーっと崩れている状況が出始め、そしてついに、バイクでは危険やなって崩落とこんにちは。
まだ地図上は先が1㎞くらいはあるみたいだが、地図でもどうせ引き返すのは必須っぽく、もう一度通るのも恐ろしい。断念して折り返す。

分岐まで戻り、樫山を目指す。こちらも一カ所激しい崩落現場があったが、道幅が広く、踏み固めてなんとか通過、そして切通がスパッと開け、樫山集落跡まで無事通り抜けた。積年の謎が解決したら、折り返し、軽く飯を食って撤収。

帰りは、体調の問題もあって、R169のクネクネがしんどい感じ。那智勝浦道路~R42~熊野尾鷲道路~R42~紀勢道と、無料高速道路はできるだけ利用し、紀北ICからはR42をひたすら北上。途中、紀宝町の「道の駅紀宝町ウミガメ公園」は、泳ぐウミガメが観察できる。かわゆす。
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獅子岩などおがみつ。
津市内でr10にシフトし、関ICから名阪国道へ。西名阪、阪神高速とつなぎ、2100ごろ到着。

行きに6時間、帰りは7時間と、とにかく移動が大変な行程だったが、長年気になっていた小匠ダムの先、少なくとも1本樫山集落までがどうなったかはっきりして、すっきりした。 

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